主日礼拝の聖書的根拠

前田大度

最近、インターネット上で、一部のディスペンセイション主義者たちが、主日礼拝(日曜礼拝)には聖書的な根拠がないと発言しています。彼らはこう主張します。「イスラエルと教会とは別個の存在であり、律法に定められた安息日と教会でささげられるべき礼拝とは別である。さらに、聖書には日曜日に礼拝をささげなさいという命令がどこにもない。それゆえ、礼拝は日曜日でなくてもかまわない。礼拝は、週に一度、都合の良い時間にささげればよい。」

こうして、以前は週の初めの日曜日を聖別して主日礼拝をささげていたクリスチャンたちが、ディスペンセイション主義を知ったことによって、主日礼拝を欠席するようになったと、非ディスペンセイション主義者から非難されています。しかも、これらの問題に関する非難の対象が、ディスペンセイション主義という教理に向けられているのです。これは非常に嘆かわしく、また腹立たしいことです。

確かに、私たちディスペンセイション主義者は、イスラエルと教会とを明確に区別します。モーセの律法の一部である安息日の規定は、あくまでユダヤ人に対して与えられた命令なので、教会時代のクリスチャンには安息日を守る義務はありません。また、安息日が日曜日に変更されたという聖書的根拠はありません。安息日は昔も今も週の七日目の土曜日です。以上のことに、私たちは心から同意します。しかし、はたして主日礼拝には聖書的な根拠がないのでしょうか。結論から言うと、主日礼拝をささげなさいという命令は新約聖書のどこにもありませんが、主日礼拝をささげるべきだと確信できる聖書的根拠は十分にあるのです。そこで、以下に三つの聖書的根拠を挙げます。

1.キリストは日曜日に復活し、信者の礼拝をお受けになりました。

さて、安息日が終わって週の初めの日の明け方、マグダラのマリアともう一人のマリアが墓を見に行った。(マタイ28:1)

すると見よ、イエスが「おはよう」と言って彼女たちの前に現れた。彼女たちは近寄ってその足を抱き、イエスを拝した。(マタイ28:9)

そして、同じ週の初めの日の夕方に、主イエスは弟子たちにも姿を現されました。

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちがいたところでは、ユダヤ人を恐れて戸に鍵がかけられていた。すると、イエスが来て彼らの真ん中に立ち、こう言われた。「平安があなたがたにあるように。」こう言って、イエスは手と脇腹を彼らに示された。弟子たちは主を見て喜んだ。(ヨハネ20:19~20)

この時点で、まだ復活の主に会っていなかったトマスは、「私は、その手に釘の跡を見て、釘の跡に指を入れ、その脇腹に手を入れてみなければ、決して信じません」(ヨハネ20:25)と言い張っていました。主イエスはすぐにでもトマスに現れて、ご自分の復活を確信させてあげることもできましたが、主イエスがトマスに姿を現してくださったのは、一週間後の、やはり日曜日でした。

八日後、弟子たちは再び家の中におり、トマスも彼らと一緒にいた。戸には鍵がかけられていたが、イエスがやって来て、彼らの真ん中に立ち、「平安があなたがたにあるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしの脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスはイエスに答えた。「私の主、私の神よ。」(ヨハネ20:26~28)

こうして、主イエスは日曜日ごとに弟子たちに姿を現して、彼らの礼拝を受けることによって、彼らがそれ以降も、主が復活された週の初めの日に礼拝を持つように導かれたのです。 

2.信者に約束の聖霊が下られ、教会が産声を上げたのも日曜日でした。

使徒の働き2章に記されているように、それは五旬節の日でしたが(使徒2:1)、この日はレビ記23章15、16節によれば「安息日の翌日」すなわち日曜日です。

3.新約聖書の三つの箇所が主日礼拝について言及しています。

週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。(使徒20:7)

「パンを裂くため」とは第一コリント11章に書かれている主の晩餐(聖餐式)のことです。クリスチャンたちは、日曜日に主の晩餐を行うために集まりました。

私がそちらに行ってから献金を集めることがないように、あなたがたはそれぞれ、いつも週の初めの日に、収入に応じて、いくらかでも手もとに蓄えておきなさい。(Ⅰコリント16:2)

パウロのこのことばも、聖霊に導かれた信者が日曜日に集まって礼拝を捧げ、献金を集めていたことを証ししています。

私は主の日に御霊に捕らえられ、私のうしろにラッパのような大きな声を聞いた。(黙示録1:10)

新約聖書においても、旧約聖書(七十人訳)においても、「主の日」(ἡ ἡμέρα τοῦ κυρίου)とは患難時代を指す専門用語です。しかし、黙示録のこの箇所は「主日(エマオ出版訳)」(ἡ κυριακἡ ἡμέρα)という別の表現が使われています。織田昭師の新約聖書ギリシア語小辞典はκυριακἡに関してこう説明しています。

主(キリスト)の、主(キリスト)に属する、主(キリスト)のものである: κυριακὸν δεῖπνον 「主の晩餐」、主を記念する晩餐、主が制定され、主が食卓の「あるじ」であられる晩餐:黙1:10  ἡ κυριακἡ ἡμέρα 「主の日」―― 主に属する(主を記念する、主専有の)日:初代信徒たちは主が復活された「週の第一日」をこう呼んだ。主日(現代ギリシャ語でἡ Κυριακἡ は日曜日のこと):ローマ帝国では σεβαστὴ ἡμέρα(Augustusの日)というのがあり、小アジヤ、エジプトなどでは月の第一日を皇帝の誕生日として毎月祝った。キリスト者が毎週の復活日をκυριακἡとして守った背景には、この世の主の日があった。(334頁)

黙示録が書かれた第一世紀の終わり頃には、すでに週の初めの日を礼拝日として表現する「主日」という言葉が存在していたのです。ですから、新しい週の初めの日である日曜日に、主イエスの復活を記念して、御父および御子イエスに礼拝を捧げることは、人間の習慣によることでも、人間の決定によることでもなく、御霊に満たされた信者が、御霊の導きに従って行ったことであり、聖書的な根拠は十分にあります。

加えて言うなら、新約聖書に主日礼拝をささげなさいという命令がないからささげないというのは、まるで律法の下にいる者の発言のようです。最初のクリスチャンたちが、御霊に導かれて主日礼拝をささげたように、私たちも、御霊に導かれて、自発的に主日礼拝をささげるのです。この特権を放棄してはなりません。